ストーリー

家紋

鳥彌三を初めて訪れたのは、再オープンの6年以上前となる2019年の秋頃だったか。当時は鳥彌三から非常に近い建物を一棟借りしてレストランを複数出店する計画を進めており、先代オーナーと親しくしていた兄から「ご近所だし挨拶しておけば?」と言われたのが理由だった。入口に漂う老舗の雰囲気に若干押されつつも、先代とは和やかに話をして終わった記憶がある。

その後計画は進んでいったが2020年初めからコロナ禍が始まり、一瞬にして街から人が消えてしまう… 契約寸前のところで何とか踏みとどまれたのは不幸中の幸いだったものの、図面まで出来ていたので正直なところ落ち込んだ。ところが人間万事塞翁が馬とはまさにこのこと、その数カ月後にはその目と鼻の先で鴨川沿いのもっと良い物件が現れたのだ。しかも驚いたのは、その話を持ってきた役員曰く「社長がご挨拶された方がオーナーみたいです。」

「あ!鳥彌三の社長が『うちにも物件がある』って言ってた!」

実は挨拶時にそう言われていたのだが、その時は「もう決まってしまったので」と詳細も聞かずに断ってしまっていた。慌てて連絡してガラガラの新幹線に飛び乗り、京都に来て話をまとめたのが今のKactoの場所だ。

そしてKactoが開業して三カ月も経たないある晩。先代から急に電話があり祇園のバーに呼び出された。「ああ何かやってしまったなあ…」と覚悟して恐る恐る行ったところ、そこで待っていたのはなんと「お店を引き継がないか」との話。その場で「無理です」と笑って答えたものの、東京に戻って監査役に話したら彼が一言、「本当に無理ですか?」… 「え?」と思いつつよく調べて考えてみたら、あれ?できるのでは?ということがわかり、そこから引き継ぎの話が進むことになった。

鳥彌三の外観

そこから三年。各方面の話を聞きながら自分たちの力だけで話をまとめ、しばらく先代と一緒にお店も運営し、そして新たに進化させるべく計画と工事に一年間をかけて自分の持てるものを注ぎ込み、新しい時代の鳥彌三がスタートする。今から思えば、近づいてくるのに自ら離れ、でもいつも誰かに引き戻されてたどり着いたご縁だったが、そうやって引き継いだ鳥彌三には何か強いつながりで引き寄せられた気がする。

坂本龍馬が来ていたことは店の売りの一つでもあるが、よく調べてみたところ私の高祖父(ひいひいおじいさん)、つまり母方の祖母にとっての祖父は龍馬と縁があった可能性がある。彼は、薩摩藩の定宿であり龍馬で有名な伏見の寺田屋で起きた薩摩藩士同士の切り合いの場に最年少十六歳でおり、そのあと藩命で東京にわたり、龍馬の師でもある勝海舟の塾にて学んでいた。

あらためて自分の家の歴史も振り返る機会をもらいつつ、これからは鳥彌三の歴史を語り継いでいく重責も担うことになる。店を知る人たちから「よくなったね」と言ってもらえるよう、楽しんで頑張っていきたい。

鳥彌三の外観